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貢ぐは馬鹿だが幸である

好きなこと書いてます Twitter@mikumayutan

野望は有ってもナマケモノ女の自己満足

最近買ったソファーのせいでも、日曜日のせいでも無い。多分、元々怠け癖があるだけなのだ。

 

ついつい一人だと、怠ける方を選択してしまう。「明日またやればいい」と思ってしまう。そして、明日がくれば「明日やればいい」と思う。

 

そんなこんなで、いつも「とある宿題」を一週間ほど溜め込む日々を繰り返している。

 

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こんな事で、何かを達成する事ができるのだろうか。

 

「私は、絶対成功する。」周囲に大きな口は叩いてみたものの、一年が過ぎた頃には既に怠けることばかり考えている。

 

今更「ごめんなさい、夢はそこそこ叶ったんだけど。いざやってみたら凄く大変で、大変だから辞めました。」なんて言えない。

 

成功のゴールだって、もう目の前にあるというのに。ゴール目の前で、躊躇する自分がいるのだ。

 

1年前の私なら、今の状況を知れば涙が出るほど喜んでいた事だろう。仕事も結婚も手に入れられず、悪戦苦闘を繰り返しながらガムシャラに生きていたあの頃。

 

でも、今となって思うのは、もしかしたら今よりあの頃の方が幸せだったんじゃないかと思っている事だ。

 

「果たして、本当に私は「それ」を求めているのだろうか。」

 

「本当に、そんな風になりたかったのだろうか。」

 

私は、何処かで何か自信になるものが欲しかった。自分にしかできない事をみつけたかった。

 

「それ」さえあれば、人に認められるような気もしていたし、人にも好かれるようになると勘違いしていた。

 

しかし、本当は違う。「それ」が手に入った所で、どんどん孤独にしかならないのだ。

 

人に好かれる人は、何をしなくても人に好かれる。人に好かれない人は、何をしても文句しか言われないし好かれない。

 

好感度を決定するのは、元々の持って生まれた人間性の良し悪しと日頃の行いだ。わかってる。わかっちゃいるよ。でもねぇ。

 

私が頑張っている事は、結局自分の為にしかならない事。それで、周囲の人からの評価まで貰おうとは思わない方がいいのかもしれない。

 

私が今頑張っている「それ」は、頑張れば頑張るほど「自己満足」「自己顕示欲」「数字(お金)」という形で幸せを得ることはできる。

 

しかし、それは私にとって本当に幸せな事なのだろうか・・。その事に、ゴールの目前にして、やっと気づいたのだ。

 

それから、それを手にしたら今以上にもっと大変な日々が待っているのだ。想像しただけで、恐怖で足が立ち竦んでしまう。

 

「夢は叶うまでが幸せ」というが、その意味も今ではわからなくもない。

 

本当に、私は何になりたいのだろう。どうしたいのだろう。

 

とりあえず。周囲にそんな事言えば「子作り」を一番に頑張りなさいとしか言われない気がするけど。

 

それすら、本当に自分が求めている事なのかどうかもわからないでいる。

 

本当に、子供欲しいのか。

本当に、子供育てられるのか。

本当に、子供できたら幸せになれるのか。

 

うーん。

 

これを、マリッジブルーとでもいうのだろうかねぇ。