貢ぐは馬鹿だが幸である

ブロガー、フリーライター

きっと君は来ない。一人きりのクリスマスに枕濡らしたウチの旦那

実は、クリスマスあたりからずっと体調崩していたので彼の実家にも家にも全く顔を出していなかった私。

 

クリスマスは、超ドケチの彼にしては珍しくセレブ街でのクリスマスディナーがサプライズで開催される予定だった。

 

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(無料素材 GATAG引用)

 

クリスマスも正月も、自炊したカレーを冷凍保存し毎日食べていたほど徹底して節約した彼が考えた渾身のサプライズだったかもしれないのに。

 

「ごめん。体壊してクリスマスそっちにいけない・・。」と電話で話すと、

 

「うわ・・うそ、まじかよ・・

まじかぉぉぉぉ!!!

 

せっかく東海ウォーカーを、あんたと立ち読みしてた時に(買えよw)、

 

あんたが「ここいいなぁー」って言ってたから、俺こっそりサプライズで予約して、あんたを驚かせようって思ってたのにいいい!

 

もう、まじかぉぉぉぉ!!!

俺のクリスマスの予定がなくなるやないか!どーしてくれるんだ!」

 

と言って嘆いていたが、声は笑っていたので元気なのかと思っていた。

 

そして、私はこんなに体がしんどい時に何でこいつ笑ってるんだよと思っていたし、「結婚式のネクタイを買いに行ってくるわ」と最も苦しい時に電話で伝えてきた。

 

「そんな事してるくらいなら、見舞いに来てくれ。そして、私を助けてくれ!」と言えば「近かったら行ってあげたいと思うけど、遠いから無理やん。」とバッサリ。

 

「1人でも、しんどい時は対処できるように自分なりに考えてよ。

 

俺だって、仕事しないといけないんだし、いつだってあんたの相手出来ないんだから。」

 

と、冷静に淡々と語るあいつに「ここは、「大丈夫か。心配や!」と言って欲しいんだよ!」と喧嘩勃発。

 

そんなこんなで、彼は正月に実家挨拶にやってきた。顔をマジマジと見て「元気でよかった。」と、ボソッと言った。

 

器用そうに見えたけど、案外不器用な奴だな。心では心配していても、上手くそれを伝える事が出来ないのだ。

 

そんなこんなで、私も元気になってきたので、久しぶりに彼の実家にも挨拶し、

 

電気屋に行ってプリンターを期限切れ間近のポイントと商品券で購入し、

 

「今日は、ご飯食べに行こうか」と彼に言われご飯を食べにブロンコビリーに行った。

 

いつも定番のハンバーグしか注文しない彼が「今日は、ステーキ食べよう」と言ってきた。

 

あんなにケチな彼が。ここの所、ずっと2ケ月ほど冷凍保存した自炊カレーを小分けにして毎日食べてたらしい彼が。

 

これは奇跡が起きたのか。少しフライングして訪れたエイプリルフールの到来なのか。

 

「彼、ステーキ食べるってよ。」ってドキュメンタリー動画作って、結婚式で流したいレベルだよ。これは。って、うちら結婚式に動画流さないんだけどね。予算の都合上。

 

「動画流すためのプロジェクターレンタル代に、14万かかります。」って言われて。

 

「借りれるかーーー!!」と、心ん中で稲葉さんみたくウルトラソウルしたよ。カ・リ・レ・ル・カ ソウッ!

 

動画流すの、ちょっと夢だったけど。

もうお互いいい年だし、別に我々の生い立ちなど、誰もそんなに興味ないだろうと。 【結婚式二次会幹事代行(二次会サポーターズ)】

 

あと私の幼少期〜20歳までの顔が死ぬほどブス。

 

高校生の頃は、キャベツ売りの屋台のオバさんに「奥さんキャベツいらない?」と売られそうになった事もあるほど老けていた。

 

とくに20歳あたりヤバイかも。

整形してないけど、同窓会に行くとよく「整形したの?」と言われる事も多かったし。

 

母に、「結婚したいから、わたし見合いしたいんだけど。」と言えば、

 

「成人式の写真が酷いブスだから、もう一回写真撮らないと無理ね。

その前に、あんたなんかに紹介する人はいないけどね。」と、フルボッコ

 

母も公認のブスぶりだった。

 

やがて、大人になるにつれ「昔は父さんに似てブスだったけど、段々母さんに似て少しはマシになったじゃないの。」と褒めて貰えるようになった。

 

母に「ブスだから隣歩きたくないの」と言われ、少し離れて歩いていた幼少期。何の自信も持てず、ただだだ寂しかった。

 

「女は綺麗じゃないとダメ。せめて小綺麗にしなさい。」と言われ、それが面倒でしょうがなかった。

 

髪がボサボサだと、頭からバケツの水をかけられた。そして、「髪切ってきなさい!」とすごい剣幕で叱られた。

 

テスト期間中で、どんなに真面目に勉強してても、「美容院へ行け。髪を綺麗にしろ」と叱る母だった。

 

というか、「勉強しろ」と言われた事が一度もなかった。

 

私は、服がいつまでも1人でちゃんと着れないし、整理整頓も掃除も苦手だったので、こっぴどく怒られ続けた。

 

いつも化粧も完璧で、百貨店で高い服ばかり購入する母。

 

私が小さい頃から髪を明るく染め、ピアスを開けてはオシャレを楽しんでいた。私が小さい頃から、母の美への執着心は凄まじかった。

 

母にブスと呼ばれていたあの頃。どの写真を見てもブスだった。

 

笑っている写真は少なく、暗そうな雰囲気。園児〜小学校低学年の頃は、友達1人もいなくて35歳のオバさんと毎日遊んでいた。

 

「どうせ私なんて」と毎日悲壮感に耽る日々。当時、好きな歌は長渕剛の「ろくなもんじゃねえ」。父が好きな歌だった。

 

父のフォークギターと共に、一緒に「ろくなもんじゃねえ」を歌うのが好きだった。今考えると、園児が口ずさむ歌ではない。

 

あの頃は小学校でイジメにもあい、人生で最も荒んでいた。

 

荒んだ性格が、表情によく現れており、益々ブスを形成していったのだと思う。ブスは1日にして成らずなのだ。

 

まだ彼にはブスだった頃の私を知らない。よし、ブスの過去は封印しよう。

 

「そういや、席次表に幼少期の写真をプロフィールに載せたりする事もできますが」

 

と、プランナーに言われ「いや、昔の顔がブスなんでいいですわ」と言いそうだった言葉を飲み込み、

 

「いや、私らの顔つきの席次表貰っても、みんな捨てにくくなるんじゃないですかね。」と、これまた意味不明の言い訳。

 

まさか言えないよ。

 

むかし、酷いブスだったから辞めときますだなんて。 人生で最高に輝く日のために『ソシエのブライダルエステ』

 

あと。ちなみに、「結婚式で打ち上げ花火のオプションがね、10万円です。これ、盛り上がるしオススメですよ」と言われて「とりあえず、冬なんで辞めます。だって。外、寒いじゃないですか。」って、訳のわからん言い訳して断った。

 

結婚式は、あくまで「自分たちが何を重要視して開くのか」をしっかりしておかないと、プランナーにガンガン食われちゃう。

 

「何を大事にするか」を、しっかり考えてプレゼンしてかないとなーって、凄く思った。 ブライダルフェアの予約はHanayume(ハナユメ) ブライダルフェアの予約で商品券がもらえるキャンペーン中【Hanayume(ハナユメ)】

 

と、話脱線しちゃったけど。

 

彼は、「今日はお金いいよ。俺に出させて。」と言ってきた。こんな事、初デート以来だから目が丸くなった。

 

「どどどどしたの?

あんなにカレーしか食べてないのに?

あんなに節約してるのに?

い、いいの?

ステーキとハンバーグで!5000円だよ!?」

 

と言うと「いや、いいよ。今日は出させて。」と彼が奇跡の発言。

 

いつもワリカンが当たり前だとね、こんな日が来るなんてと思って、涙出るほど嬉しいもんですよー。

 

その後新居へ。

久しぶりの新居は、相変わらず物が繁殖し続けている。

 

一体、何処から増えてゆくのか。もしや、道端でゴミとか拾ってきてるんじゃないのか?

 

既に、一つの部屋が物で溢れて入れない・・。当初は広いと思った新居も、既に手狭になってきた。

 

彼「クリスマス、本当は1人で部屋で泣いてた。なんで、俺1人なんだろうって。」

 

私「いや、私それどころじゃなくて本当に体しんどかったんだよ。」

 

久しぶりの新居で、訳のわからない喧嘩を繰り返す。でも、なんか平和だったな。彼も、久しぶりに私が家にきて嬉しそう。

 

いつかのメリークリスマス。」は、少し遅めに訪れた。

 

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(無料素材 GATAG引用)