オオシロさんのはなし
私が、まだ小学校1年生だった頃の話。
当時、女グループ三人組に虐められていた私は学校が嫌いだった。
(フリー写真素材 電広堂より引用)
どんな虐めを受けていたかというと、具体的には覚えていない。
とりあえず「ミクちゃんって、虐めると面白いよね」と笑いながら三人組に後ろから蹴られていた事は覚えている。
先生に虐められている事を言えば「虐められる側にも原因があるんだよ」と言って、取り持って貰えない。
そんなこんなで、基本的に大人も子供も嫌いだった。
母に言えば、「それが何なの!学校に行きなさい!」と怒鳴られていた。
当時は、いつも玄関で泣きながら靴を履いて学校に行っていた。
家に帰ったら、父が持っていた長渕剛のカセット「ろくなもんじゃねぇ」を何度もリピートアフタミーしてた。
当時の私にとっては、学校の先生よりも長渕剛の方が私にとって先生だったかもしれない。
ただ、そんな私にも学校以外には友達がいた。
近所の家に住むオオシロさん(仮名)という35歳の女の人と、隣の借家に住むユカちゃんという4歳年下の女の子だった。
ユカちゃんは、弟の友達だったので三人で遊ぶ事が多かった。
オオシロさんは、大きな一軒家にヒゲモジャの旦那さんと何十匹もの猫と一緒に暮らしていた。
旦那さんは、いつも家にいたんだけど何の仕事してたのかはわからない。
部屋には無数のプラモデルが沢山積まれており、障子は殆ど猫によってビリビリに破かれていた。
オオシロさんは、いつも綺麗で優しかった。容姿は、今なら女優の檀れいに似てるかも。
オオシロさんは、うちの母と仲良くて自然と私も仲良くなった。
いつも、私の事を自分の子供のように私の事を可愛がってくれたので大好きだった。
当時、どんな時も私の味方をしてくれたのはオオシロさん位だったのかもしれない。
ある日、ユカちゃんの家に遊びに行った私はオモチャを片付けなかった事から、ユカちゃんの母に「二度と家に来ないで!」と、キツく怒られた。
正直、オモチャを片付けない方が悪いのにワーワー泣いて「もう来ないわ!」と、逆ギレ。
それから、オオシロさんの家に行って、オオシロさんの家の前の階段でワーワー泣いていた。
オオシロさんは、扉から出てきて「どうしたの!ミクちゃん!」と慌てていた。
「オオシロさん!聞いてよ!ユカちゃんのママがね、オモチャ片付けないから「もう来ないで!」って怒ったの!酷いよ!」と、言うと、
「それはオモチャを片付けないミクちゃんが悪いんでしょ!」と、逆にど叱られた。
いつも味方してくれるオオシロさんが、私の味方をしてくれない。そんな・・・。
逆上した私は、思わずオオシロさんに
「オオシロさん酷いよ!いつも私の味方してくれるのに!私、こんな酷い事言われたのに!どうして!わかったよ!もう二度と来ないから!」
と、泣きながら怒鳴り散らかして一目散に走り去った。
オオシロさんの目には、涙が溢れていたが、「わかったわ!もう来ないで!」と言って突き放した。
泣きながら家に帰ると、母が「どうしたの?」と言ったので、事の全てを全部興奮しながら話をする事にした。
「酷いんだよ!ユカちゃんのママがね、オモチャ片付けないから二度と来るなって言うの!そんな言い方しなくてもいいのに!
泣きながら、今度はオオシロさんの家に行ったの!
でもね、そしたら「オモチャを片付けない方が悪い!」って言うんだよ!
いつも優しくて味方してくれるオオシロさんが、私を裏切ったの!
私、ムカついたから「もう二度と来ないわ!」って言ってやったの!
そしたら、オオシロさんも「もう来ないで」って言ったの!
ほんと、みんな酷い!!」って言いながら大泣きした。
母は、少し寂しそうな顔をして淡々と答えた。
「でも、それ・・。最初からオモチャを片付けないあんたが悪いんじゃないの。」
と冷静に言われ、私は泣き止んだ。冷静に言われると、「そうだよな」と納得したんだと思う。
母は、後でこっそりユカちゃんの家にも、オオシロさんの家にも謝りに行っていたらしいが、それは大人になった後から聞いた。
あれから私はスグに引っ越しをしたので、オオシロさんともユカちゃんとも会う事はなくなった。
ユカちゃんには、確か母に連れられて最後にお礼の挨拶にはいったけど、オオシロさんの所には行かなかった。
あれから、何十年も時が経った。
私は、20歳を超えていた。
母が突如、「静岡は良いところだったわよねぇ。また住みたいわ。ほら、あんた可愛がってもらってたじゃない。オオシロさんに。あの人、子供出来なかったからねぇ。」と言いだした。
私「えっ、オオシロさん。子供出来なかったの・・?」
母「あら、知らなかったっけ?だから、あんた可愛がられていたんじゃないの。
お医者さんって、心が折れる位きつい事言うらしいから。よく、私が話聞いてたのよ。
あんたの事を、実の娘みたいに思ってたから。あんた、良かったじゃないの。
そういや、沢山猫も飼ってたわねぇ。」
知らなかった・・。
オオシロさん、いつも笑顔で優しかった。怒られたのは、たった一度だけ。
でも、あれから一度も会っていない。
もしかしたら、あの後オオシロさんは一人家で泣いていたかもしれない。悪いのは、ユカちゃんのオモチャを片付けない私なのに。なんて酷い事をしてしまったのだろうか。
何年も経って、昔の我儘を後悔した。
あの時、あんな酷い事を言ってしまいオオシロさんごめんなさい。
「あの時はごめんなさい」も言わずに、サヨナラも言わずに引っ越ししてごめんなさい。
「オオシロさん、今頃もう50歳は超えてるだろうねぇ。
何してるのかしらねぇ。猫まだ飼ってんのかしらねぇ。
そういや、あの家豪邸だったわよねぇ。駅前だから、今頃土地代も億越えかしら。良いわねぇ。
あの辺、大地主が多くて豪邸ばっかりだったもんねぇ。
母さん達も、頑張って家買っとけば良かったわねぇ。」と言って、母は笑った。
私もようやく、あの頃のオオシロさんの年齢を少し越える位に歳を取った。
あの頃、いつも美人で優しくて、大好きな猫達に囲まれて、旦那さんも優しくて、そして大きな家に住むオオシロさんに憧れていた。
あの頃は、私もいつかオオシロさんみたいになりたいなと思っていた。
だけど、オオシロさんにはオオシロさんなりに抱えているものがあったんだ。
また、あの家に住んでいるのだろうか。今も元気だろうか。
数年前に、静岡に行く事があった。
昔オオシロさん達と住んでいた田んぼと昔ながらのお屋敷と古い借家に塗れた街は、家が殆ど無くなりビルばかりになっていた。
そりゃー、駅前だし新幹線も止まる駅だったし発展しちゃうわなぁ。
でも、なんか寂しいもんよね。昔住んでた街が消えてゆくのを見るのってさ。
オオシロさんの家の付近も、ほとんどビルが立ち並んでいた。まだ、オオシロさんは住んでいるのだろうか。あの街で。